京・和室にかける想い

日本の技と心が集結した“小宇宙”を

株式会社杉本工務店 代表取締役 杉本慎治

日本の技と心が集結した“小宇宙”を 株式会社杉本工務店 代表取締役 杉本慎治

 「京・和室」はスーダンで医療活動をしているNPO法人の代表を務めるラグビーの後輩からかかってきた一本の電話から生まれました。現地のハルツーム大学図書館ジャパンセンターで学生たちや地域の子供たちに日本文化を知って欲しい、という要望に応える形で和室を作ることになったのです。まずは、原材料の持ち込み規制などの思いもよらない厳しい条件をクリアすることからスタートしました。同行をお願いした大工、設計者と3人が、スーダンの職人たちの協力を得て完成させた和室『無東西』を見た現地の子供たちや関係者の笑顔を忘れることはできません。
 その時、私の心の中で何かが動き始めました。襖から差し込む、その光の影にさえ美しさを見出す日本人の感性は、日々の暮らしの場から生まれます。一部の海外の方からも禅をはじめとする精神の寄りどころとして親しまれている和室は、日本の職人の技術が集結した「文化」そのものであると異国の地で再確認しました。その構造と見た目がシンプルであるがゆえに卓越した職人の技が必要です。この誇るべき日本の文化財ともいえる空間を、もっと気軽に提供できないか、と考えたのです。
 実はここ数年、危惧していたことがあります。それは日本文化の担い手である職人の減少と継承の危うさです。日本木造建築の大工職人や和室に使う建具、唐紙、畳などを作る職人が減少の一途をたどり、世代間の継承もままならない現状をどうにかしたい。使う人が自ら組み立てて解体できるという利便性を持つ「京・和室」が、その解決の一助になることを願っております。

杉本 慎治

プロフィール

1964年4月20日生まれ 京都府出身
京都市立加茂川中学校卒業
京都市立伏見工業高校建築課卒業
同志社大学商学部卒業
株式会社神戸製鋼所退社
現在、株式会社杉本工務店代表取締役

ラグビーにおける主な戦歴

全国高等学校ラグビー選手権優勝
日本高校代表
全国大学ラグビー選手権 2連覇
日本学生代表
日本選手権7連覇
日本代表スコッド
1994年に現役を引退

「京・和室」を支える京都の職人技

「京・和室」を支える京都の職人技

伝統の技術が詰まった宝庫とも言える「京・和室」の理念に賛同して、プロジェクトに参加してくださる匠(たくみ)の皆さんです。

木造建築軸組

組み立てと解体に耐えられるポータブル和室

米匠有限会社 代表取締役 米林千尋(ちひろ)さん

組み立てと解体に耐えられるポータブル和室 米匠有限会社 代表取締役 米林千尋(ちひろ)さん

 「日本で作った建材を運んで海外で和室を作るから協力して欲しい」と杉本さんから依頼されて「面白そうだからやってみよう」と引き受けました。いざ、実際に着手すると一筋縄ではいきませんでした。木は生きて呼吸している、とよく言われます。温度・湿度で形状が変わるので扱いにくい。和室は白木の美しさを見せる舞台のようなものですから、ごまかしがきかないのです。現地の気候はどんなものか、持ち込むことが禁止されている木の種類は?など問題や疑問がわき出てきました。それを一つずつ丁寧にクリアしていくごとに、どんどん形になっていきました。試作を重ねていくうちに、大工職人としての自分の感覚も研ぎ澄まされていくような感じでした。この道に入って20年。一般住宅を主に作ってきた経験と知恵を投入しました。ですから、現地の人達が目をキラキラさせて自分が作った和室で遊んでくれる姿を見た瞬間、日本人であること、そして大工という自分の職業を誇りに思いました。
 この和室は『無東西』と名付けられました。ラグビーのノーサイドという意味だそうです。ノーサイドは試合の終わりですが、新たに何かが始まる確かな予感がしました。
 一番、苦労したのは解体して組み立てられるようにするということです。日本家屋は柱や梁、桁など、2つ以上の部材を組み合わせ、接合する「仕口(しくち)」という方法を採用します。それぞれに「ほぞ」( 突起部分)と「ほぞ穴」をつくり組み合わせるのです。修業時代から親方に「仕口に人の髪の毛1本通ったら失敗や」と言われ続けました。そのくらい技術を要します。ポータブルということで風土や気候が違う外国でも、自身で簡単に組み立てられて、解体できるほぞ・ほぞ穴や壁パネルなどを作るには、さらなる技術と工夫が必要です。はめ込み式の障子や壁で止めるのでとても強固です。「京・和室」には、いろいろな可能性を感じているので、自分自身の新たな挑戦でもあります。

手描友禅

使う人のライフスタイルをも進化させていくはず

キモノデザイナー 斉藤上太郎さん

組使う人のライフスタイルをも進化させていくはず キモノデザイナー 斉藤上太郎

http://www.jotaro.net/

 祖父に染色作家、父は現代キモノ作家という家系に生まれ、27歳でキモノ作家としてデビューしました。現代空間にマッチするファッションとしてのキモノを追求する一方で、「和を楽しむライフスタイル」を提唱し、プロダクトやインテリアの制作も行っています。たとえば、あるホテルでは天井ファブリック、特殊木工照明、西陣障壁織物、特注金物花器、チェアファブリックを担当するなど、単なる素材提供にとどまらず、深く内装とかかわらせていただいています。手描友禅や西陣織物をファブリックとして使いだしたのは弊社が一番早かったと自負しています。右肩下がりの着物業界で活路を見出すという意味で、インテリアに使ったのが最初です。
 インターネット社会で高いクオリティのものが、世界中から簡単に入手できるようになりました。時代はどんどん進みながら変わります。アフリカのマサイ族が日本文化に興味を持っても何ら違和感が無い。そういうボーダレスな時代だからこそ、ポータブル和室の可能性があると思います。手軽に日本の伝統文化を体験できるというところに面白味があり、それが京都の職人技によって高い完成度を誇っている。父は「先代と同じことをして進化しなければ、何もしていないのと同じ」と言っていました。伝統衣装であるキモノは進化させるのには限度がありますが、空間は過去とは違うものに進化する可能性があります。海外で外国人に使われる「京・和室」は使う人のライフスタイルをも進化させていくはずです。
 僕自身も国内外の異業種と仕事をする時に、双方の「あたりまえ」が違うことのほうが多くて悩むことがあります。それでもチャレンジするか、入り込む勇気と気概があるか。本気度が試されます。「京・和室」に関しても、海外の方から思いもよらないリクエストが来ることでしょう。どんな要望にもこたえてみせる、という思いで楽しみにしています。 

銀座エリア最大の商業施設「GINZA SIX」にある直営店「JOTARO SAITO GINZA SIX」

厳選された素材と卓越した職人の伝統技術の融合

もとやま畳店 四代目 店主 本山浩史さん

厳選された素材と卓越した職人の伝統技術の融合 もとやま畳店 四代目 店主 本山浩史さん

http://www.kyo-tatami.com/

 曽祖父の時代から85年以上、大徳寺ほかの神社仏閣の畳を作らせていただいていることもあり、世代を越えて何十年、何百年も継がれる畳作りをしています。長持ちして、使えば使うほど味が出る畳を作るには、厳選された素材と卓越した職人の伝統技術が必要です。快適さや機能性はもちろん、実際に使う方(かた)が畳と共に暮らす歓びを感じていただくために妥協無くこだわりぬきます。
 例えば素材は耐久性に優れている土佐のイ草を使うことが多いのですが、現地に足を運んで生産者に何度もお目にかかり「この方が作るイ草なら大丈夫だ」と確信した3軒の農家から送っていただいています。何といっても肌触りが素晴らしく、見た目も美しい。
 弊店には厚生労働省認定の一級技能士3名、二級技能士1名の職人がおり、受け継がれてきた伝統技術で、畳を一枚一枚丁寧に作り上げていきます。最近は海外向けに畳を作る機会も増えてきました。それぞれの環境、用途に合わせて快適に長く使っていただける畳とサービスをご提供するには職人の高い技術が必要になります。なぜなら畳には「採寸」があり、その寸法通りにきっちりと収めなければいけないからです。ミリ単位の仕事です。つまり完全なオーダーメイドです。この技術を「京・和室」に生かし、出来上がった枠組みをそのつど採寸して、その空間のために畳を仕上げます。
 私をはじめ、職人全員が「単に畳を作るというのではなく、伝統技術の継承を担っている」という思いを持ちながら仕事に励んでいます。そういう意味でも、プロジェクトに参加させていただくことは有意義だと考えています。

唐紙

唐紙に込められた日本文化の歴史を感じて欲しい

株式会社 丸二 代表取締役 西村和紀さん

唐紙に込められた日本文化の歴史を感じて欲しい 株式会社 丸二 代表取締役 西村和紀さん

http://www.maruni-kyoto.co.jp/top.html

 「唐紙」は奈良時代に貴族の文や詩歌を書くための料紙として使われ中国の唐から輸入されたのが始まりです。文字が美しく見えると愛用されていましたが、かなりコストがかかったこともあり平安時代には北野天満宮近くに紙漉き場ができたという記録があります。国内で生産され始めると、貴族の寝殿造りの住居の襖障子にも使われ始め、江戸時代には町方庶民に親しまれるようになりました。
 弊社は天保時代からのものを含め版木約300枚を所蔵し、大切に保管して使っています。「京からかみ」と名付けた京都の伝統的な木版摺りの技法による唐紙は、寺院や離宮・茶室はもちろん、文様や風合いを取り入れる室内装飾の伝統工芸品として料亭・ホテル・個人宅にも襖・壁紙などに使用していただいています。唐紙は主に「鳥の子紙」と呼ばれる越前で漉かれる厚手の耐久性に優れた紙を使います。絵の具は雲母(花崗岩の中の薄片状の結晶を粉末にしたもの)など、糊は海藻の一種の布海苔(ふのり)、筒状に曲げた杉枠にガーゼを張った独特の篩(ふるい)…、それぞれの職人の技が重ねられて、最後に摺り師によって完成をみます。もちろん、1枚として同じものはありません。
 文様の面白さも魅力の一つ。模様にはそれぞれに意味合いがあり、時代の背景が奥に潜んでいます。公家好み、寺社好み、武家好みといった「好み」もあって面白いのです。日本の風土に合った、日本人の感性を反映したデザインが豊かに残っていて魅了されます。
 京からかみ製作のすべての工程の現場で職人は高齢化し、後継者も極少といった綱渡り状態です。「京・和室」で、京からかみの持つ温かさと、込められている日本の伝統と文化を感じていただき、それが伝統文化の継承につながることを期待せずにはいられません。

設計・デザイン

普遍的かつ飽きのこない伝統的な和室は∞(無限大)

佐藤達郎デザイン事務所所長・建築家 佐藤達郎

普遍的かつ飽きのこない伝統的な和室は∞(無限大) 佐藤達郎デザイン事務所所長・建築家 佐藤達郎

https://www.tatsuro-sato.com/

 ハルツーム大学ジャパンセンターの和室を設計させていただいたご縁で、「京・和室」の設計を担当させていただくことになりました。日本の材料の海外輸出や、海外で日本の意匠を現地の職人で作ることの難しさを痛感された杉本さんが「誰にでも容易に組み立てることができる工法で、伝統的な和室を生み出したい」という想いを抱かれ、その強い想いに賛同いたしました。
 私自身も、国内外で多くの実績をもつ株式会社高松伸建築設計事務所(主宰:高松伸、京都大学名誉教授)の海外駐在員として台湾で数年間過ごした際、現地では和の建築スタイルや日本らしさを常に求められましたし、日本人に生まれ、幼い頃から自然と身についた日本の精神、特に五常(仁、義、礼、智、信)のような精神は、海外生活において素晴らしいと感じた日本の特徴のひとつでもありました。現在、台湾で手掛けているプロジェクトでも同様です。その経験から、海外における日本文化への敬意は非常に大きいと肌で感じてきましたので、日本の古都・京都からの発信で、しかも日本文化の代表ともいえる和室の海外展開に携わらせていただくことは非常に光栄です。和の意匠を海外で海外の職人の方々と共に作り上げていく大変さも経験しましたので、「京・和室」には”普遍的かつ飽きのこない伝統的な和室”が求められていると解釈しました。シンプルに意匠として落とし込むまで、思いのほか時間を要しましたが、通常利用から展示会利用など、工法や生産性も含めた応用性の高い和室になるよう設計を進めました。材料の選定や組み合わせで、カスタマイズ可能な大変面白い和室にもなりますので、「京・和室」の将来像は無限大と感じています。誰にでも容易に組み立てることが可能という点、全方向からみた美しさと機能性を考慮している点も優れている点です。
 今回、「京・和室」を通じて、海外で「和室」に興味を持たれる方が非常に多いということを再確認しましたし、「京・和室」を利用する方々が、素直に”心地良さ”を感じて頂いていることは嬉しい発見です。この和室を媒介にして様々な文化・産業交流が始まることを切に望んでおります。